大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)236号 判決

原告 東京高等検察庁検察官

被告 瀬川芳孝

主文

一  平成七年四月九日施行の静岡県議会議員一般選挙における被告の当選は、これを無効とする。

二  被告は、この判決確定の日から五年間三島市選挙区において行われる静岡県議会議員選挙において、その候補者となり、又はその候補者であることができない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の主張(請求原因)

1  被告は、平成七年四月九日施行の静岡県議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)において、三島市選挙区から立候補して当選し、同県議会議員として在職している。

2  被告は、平成五年八月に行われた静岡県議会議員補欠選挙に立候補して無投票で当選し、それ以来、その任期満了に伴う本件選挙に立候補することを決意していた。

3  訴外中西久雄(以下「中西」という。)は、遅くとも平成六年一月頃から、被告に秘書として使用され、被告の政治活動を補佐していたものである。すなわち、

(一) 中西は、平成六年一月、被告が理事長をしている社会福祉法人慧光会(以下「慧光会」という。)に雇用され、月一一万円余の給与を受けて慧光会が経営する保育園の用務員として働くようになったが、その頃から被告の指示により、三島市長石井茂(以下「石井」という。)の私設秘書毛利昇次(以下「毛利」という。)から秘書の仕事を教わるとともに、被告が静岡県議会議員として各種会合に出席する際には運転手となるなどして被告を補佐し、右給与とは別に、秘書の仕事の報酬として月二〇万円の支給を受けていた。

(二) 中西は、平成五年一二月ころから平成七年三月ころまでの間に、瀬川芳孝後援会(以下「後援会」という。)の経費で被告の議員秘書である旨を表示した自己の名刺合計三二〇〇枚を作成し、これを第三者に交付するなどして秘書の肩書きを使用してきた。

(三) 中西は、平成六年二月ころから平成七年二月ころまでの間、数回にわたり被告の指示又は了解のもとに、後援会の会合等を設定した。また、被告は、これら会合に中西を伴って出席し、後援会関係者らに対し、中西を自己の秘書であるとして紹介した。

(四) 中西は、平成六年一一月ころから平成七年三月ころにかけて、自己の手帳に、被告の各種行事等の予定や後援会関係者らの冠婚葬祭の日程等を記入して、被告の名義で祝電や弔電を打つなどする一方、三島市主催の公式行事にも被告の代理として出席し、あいさつするなどした。

4  中西は、本件選挙に当たり、平成六年一一月頃までの間に被告と意思を通じ、それ以降被告のための選挙運動に従事した。すなわち、

(一) 中西は、被告の指示を受けて、平成六年一一月二五日に開催された選挙運動の母体となる後援会幹部役員会の案内状を、被告の秘書の肩書きで作成して発送した。また、中西は、後援会活動に仮託した選挙対策の組織作り、例えば後援会の地区割り、後援会幹部の人選及び就任要請、組織結成の下準備としての各種委員会の設定、各種会合の予約やその代金の支払等を行った。

(二) 中西は、本件選挙の告示(平成七年三月三一日)の前後にわたり、被告やその妻を各種会合に出席させるために日程の調整を行ったり、被告の個人演説会を設定するなどした。

(三) 中西は、外一名と共に、被告の本件選挙の立候補届出の手続をした。

(四) 中西は、告示の前後にわたり、被告の指示ないし了解のもとに、被告の選挙運動者らに、投票並びに投票の取りまとめ等を依頼した。

5  中西は、本件選挙で被告に当選を得させる目的で、平成七年二月六日ころ公職選挙法二二一条一項一号の罪を犯したとして、起訴され、平成七年八月一八日静岡地方裁判所沼津支部において禁固以上の刑である懲役二年(執行猶予付き)に処せられ、右刑は同年九月二日確定した。

6  よって、原告は、公職選挙法二五一条の二第一項に基づき、被告の当選無効と五年間の立候補禁止の判決を求める。

二  被告の主張

1  請求原因の1、2、5項並びに3項中、慧光会が原告主張の日に中西を用務員として雇用したこと及び中西が被告の秘書である旨を記載した名刺を使用したことは認め、3項のその余の部分及び4項は否認する。

2  中西は、公職選挙法二五一条の二第一項五号の秘書に該当しない。同号の秘書は、候補者等の政治活動を補佐するものをいうとされているところ、補佐するとは、単なる事務上の手足として助力するだけでは足りず、一定程度の裁量をもって事務を遂行し、又はスタッフ的な助言をすることをいうものと解すべきである。しかるに、中西の仕事はこれに該当しない。すなわち、

(一) 確かに、中西は、被告の秘書の肩書のある名刺を印刷使用していた。しかし、もともと同人は慧光会の経営する保育園の用務員として雇用されたのであるが、用務員の肩書の名刺では体裁が悪いという被告の見栄もあって、秘書の肩書のある名刺の使用を許していたもので、これが中西の仕事の実体を示していないことは、次に述べるところからも明らかである。

(二) 中西の本務は、保育園の用務員として同園の雑務や車の運転をすることであり、被告の政治活動を手伝うことがあったとしても、それは、被告の指示を受けて車の運転ないし単純な事務的な仕事をしたにすぎない。例えばこれを後援会関係についていえば、被告が、その意思であるいは後援会長と相談の上で、後援会の組織作りを行い、地区割、幹部の人選、各委員会の設置などを決めていたのであり、中西は、被告の命により人集めをしたり、被告が決めた会場の予約をするといった単純な、機械的、事務的な仕事に従事したにすぎないのである。

(三) 中西は、被告の後援会の会合で被告のメッセージを代読することがあったが、これも全て被告が作成した文章を単に代読するにすぎないもので、中西が被告に代わって文案を作成することはなかった。また、被告の会合や行事出席の予定についても、日程の決定やその調整は被告自身が行い、中西は被告の指示でそれをメモしたにすぎず、全く機械的な作業にすぎない。

3  中西は、原告と意思を通じて選挙運動に従事したものではない。すなわち、

(一) 原告は、中西が被告の後援会活動に関与したことをもって、選挙運動をした旨主張するが、後援会活動は選挙運動ではない。後援会は、主務大臣に政治団体設立届を提出した政治団体であり、中西が人集めや連絡等後援会の手伝いをしたとされる時期は、被告が本件選挙で無投票当選することが確実視されていた時期であるから、この時期に被告に当選を得させるための選挙運動など考えられないところであり、強いていえば、中西の行為は被告の地盤培養行為の手伝いにすぎない。

(二) 中西が唯一選挙運動をしたのは、刑罰に処せられた買収行為であるが、これが被告と意思を通じてされたものでないことはいうまでもない。

第三証拠関係(省略)

理由

一  原告の主張1項(被告が本件選挙で当選し、静岡県議会議員として在職中であること)、2項(被告が平成五年八月には本件選挙に立候補する決意を固めていたこと)及び5項(中西が本件選挙で被告に当選を得させる目的で平成七年二月六日ころ公職選挙法二二一条一項一号の罪を犯したとして起訴され、禁固以上の刑に処する旨の判決が確定したこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  慧光会が遅くとも平成六年一月以降中西を雇用していたこと及び中西が被告の秘書である旨の名刺を使用することを被告が許容していたことは、当事者間に争いがなく、証拠(甲四ないし七、一〇ないし一六、二〇、二四、二五、二七、二八、乙一の一及び二、二の一ないし四)によると、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和五〇年代の初めころから中郷地区の選挙区から選出されて三島市議会議員を四期務めていたものであるが、平成五年八月に当時三島市選挙区から静岡県議会議員に選出されていた石井が三島市長選挙に立候補することになり、その補充のために県議会議員三島市選挙区の補欠選挙が行われ、被告はこれに石井の後継者として立候補し、無投票で当選した。

2  被告は、そのころから、引き続き県議会議員となるべく、来るべき本件選挙にも三島市選挙区から立候補する決意をしていたが、そのためには従来の中郷地区のみの後援会活動では足りず、選挙区となる三島市全域に後援会組織を浸透させる必要があると考えていた。

3  被告の常設の後援会事務所は、被告が主宰する慧光会の経営にかかる中郷南保育園(その園長は被告である。)内の一室が当てられており、被告が中西を使用するに至ったのは、保育園の用務員としての側面も存するものの、被告の議員秘書としての側面もあり、そのため被告は雇用した当初から中西に対して、慧光会の用務員としての給与一〇万円余のほかに、議員秘書としての給与二〇万円を支払い、かつ、中西に被告の議員秘書である旨を記載した名刺を使用させていた。

4  中西は、平成五年八月の補欠選挙の際、被告の選挙事務所を手伝ったことはあるものの、議員秘書の経験はなかった。そこで、被告は、毛利に対して「中西を頼む。」として、暗に秘書としての仕事を教え、協力してくれるよう要請した。

5  中西は、平成七年一月以降、毛利に秘書としての仕事のやりかたを教わりながら、被告のため、被告の行動予定を管理し、住民の慶弔を把握してこれを被告に伝え、必要の都度慶弔電報を打ち、可能な限り車を運転して被告と行動を共にし、被告の後援会等会合の開催場所の予約やその費用の支払事務を行い、被告が出席できない市主催の社会福祉大会等に被告の名代として出席して被告の議員としての挨拶状を代読し、政治団体として届出のある被告の後援会の収支報告書を作成して提出し、本件選挙に際して選挙管理委員会に立候補届出のために出頭する等の行為をしてきた。

被告は、中西の右5の行為は、いずれも被告の指示により命ぜられたところを機械的、事務的に処理したにすぎず、秘書としての行為に該当しないと主張し、乙三号証の記載、証人中西の証言及び被告の供述中にはこれに沿う部分があるが、前記証拠によれば、中西の前記行為の多くは、被告の政治活動に有益な行為と評価できることが明らかであるだけでなく、被告が中西による秘書の名称使用を容認し秘書としての給与も支給していた本件において、右各記載、証言及び供述から、前記5の行為が秘書の行為に該当せず、したがって中西が被告の秘書に該当しないと認定することは困難である。すなわち、被告が自己の使用する者にたまたま命じて被告の政治活動の補佐に該当する事務的、機械的行為をさせたという場合であればともかく、被告の議員秘書である旨を表示した名刺の使用を許容し、かつ、議員秘書としての活動に対する給与まで支払っている中西の行為が、格別高度の判断、才覚を要しなかったからといって、これをもって秘書の行為に当たらないとすることはできず、前記被告の主張は到底採用できない。

してみると、中西は、本件選挙において候補者になろうとする被告に使用され、被告の県議会議員としての政治活動を補佐する仕事に従事していたものであるから、公職選挙法二一五条の二第一項五号の秘書に該当するというべきである。

三  また、証拠(甲四、五、七ないし一二、一四、一六ないし一八、二〇ないし二三、二五、二八)によると、次の事実が認められる。

1  静岡県議会議員の三島市選挙区の定数は二人であるところ、平成六年八月ころまでは、本件選挙の同選挙区の立候補者は、被告を含めても二人で、無投票で当選するのではないかと予測されていたところ、同年一〇月ころには、さらに一人の立候補が確実となり、被告は、俄かに選挙での票の獲得が不可欠と認識し、被告の側近としての中西も、当然このことを認識した。

2  被告は、前記のとおり、補欠選挙では無投票当選であったため、三島市全域を選挙区とする選挙の経験はなく、また、無投票当選がうわさされていたためもあって、後援会も名目はあっても実質的な組織化ははかどっていない状況にあった。

3  被告は、本件選挙で当選するためには、急遽後援会を三島市内全域に展開する必要があると考え、石井の後援会である石井会の例に倣い、市内を一〇の後援会支部に分かち、石井会の主だった人に各支部の役員を委嘱することとし、中西と共に各後援会支部の設立に奔走した。

4  石井と被告は所属政党を同じくしていたものの、三島選挙区から被告の外にも同党からの立候補者が予定されたため、石井会の主だった人に被告の後援会の支部役員を頼んでも、すぐに引き受けてくれるとは限らず、西部支部の宮内淳のように中西が再三足を運んでやっと支部長を引き受けてくれるところもあり、中西が各地区の主だった人の集会に出向いて選挙の協力方を依頼し、その支部の役員を決定できるところもあった。

5  各支部の体制が概ね整った平成六年一〇月下旬ころから平成七年二月ころまでの間に、被告は、後援会、同幹部会、励ます会等本件選挙での票固めのための会合を頻繁に開催し、中西が、開催場所の確保等の準備、秘書名義の案内状の発送等をし、また会合における選挙への協力依頼をするなどした。

6  中西は、平成七年一月下旬ころ、三島市中央町に選挙事務所とするための事務所を確保し、ここに電話を架設し、選挙に必要な備品を搬入するなどの準備をし、同年二月六日ころ同所に被告の後援会の支部長を集めて事務所開きをし、この際後援会の幹部及び支部長に票の取りまとめのための現金の供与をした。

7  被告は、同年二月下旬ころ中西とは別に運転手を雇い、以後運転は専らその者にさせ、中西は事務所の運営に専念した。

以上認定の事実によれば、中西が、本件選挙において被告を当選させるための選挙運動に従事したことは明らかであり、中西が二に認定したとおり、形式的にも実質的にも被告の秘書であったことからすると、中西がした個々の選挙運動に被告が直接関与していたかどうかは別として、中西は、被告を当選させるため、被告と意思を通じて選挙運動に従事したものというべきである。被告は、後援会活動は、選挙運動に当たらないと主張するが、前認定の状況下における後援会の組織作り及び後援会の各種会合の設定が、被告に当選を得させる目的で行われたことは明らかであるから、右主張は採用できない。

四  よって、公職選挙法二五一条の二第一項により、被告の当選無効と五年間の立候補禁止を求める原告の請求は、理由があるからこれを認容すべきであり、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏 田中康久 森脇勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例